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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)20号 判決

アメリカ合衆国

94043 カリフォルニア州 マウンテン・ビュー インディペンデンス・アベニュ 1077

原告

ドレクスラー・テクノロジィ・コーポレーション

代表者

ジェロウム・ドレクスラー

訴訟代理人弁理士

深見久郎

森田俊雄

伊藤英彦

堀井豊

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

松野高尚

及川泰嘉

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第4052号事件について平成6年8月17日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年11月14日、名称を「永久的な取引データを逐次的に読出しおよび記録するためのシステム」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第256489号。1984年11月21日米国における特許出願に基づく優先権主張)をしたが、平成3年11月15日に拒絶査定がなされたので、平成4年3月10日に査定不服の審判を請求し、平成4年審判第4052号事件として審理された結果、平成6年8月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年9月29日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加されている。

2  本願発明の要旨

高分解能のダイレクト・リード・アフタ・ライトの光学的反射性レーザ記録材料からなるストリップが接着されるウォレット寸法のカードと、レーザ書込み手段と、光検出器読出手段と、レーザビームとカードとの間の相対的運動を与えるための手段とを含む形式の永久的な取引者データを逐次的に読出しかつ記録するためのシステムであって、

取引データは前記ストリップの周囲の光学的にコントラストをなすフィールドにスポットとして記録され、その周囲のフィールドに関して前記スポットの光学反射コントラスト比は少なくとも2対1であり、前記ストリップは、取引者データの書込みに先立って書込まれた基準位置情報とタイミング機能とのための予め記録されたフォーマットパターンを有し、

中央データ記録装置とは独立の複数個の独立型端末手段を備え、前記端末手段はカード上にデータを読み書きしそれによってカードはこれまでの取引の完全な記録を含む、システム(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、その特許請求の範囲(1)に記載された前項のとおりのものと認める。

(2)これに対し、日経マグロウヒル社1983年(昭和58年)3月21日発行「日経コンピュータ3月21日号」129頁~136頁(以下、「引用例」という。)には、下記の事項が記載されている(別紙図面B参照)。

〈1〉 従来のキャッシュ・カードかクレジット・カードの磁気カードにおける黒のストライプの中には、磁気の形で約1700ビット、漢字コードで換算すると約100文字(本文6行分くらい)を記録でき、そこに記録された情報で銀行番号、始点番号(「支店番号」の誤記)、口座番号、暗証番号などを識別している。これだけの情報だけでなく、銀行通帳や旅行小切手、クレジットカードの使用内容を丸ごとカードの上のストライプに記録して、将来のバンキング化に対応するといったアプリケーションは磁気ストライプの記憶容量では無理である。

〈2〉 最近、本誌3冊分の情報を記録できるストライプを持つ大容量カードが出現し、この大容量レーザー・カードはキャッシュ・カード大のものであり、図1に示すように、ストライプ構造の外皮(クラスト)と下層(アンダーレイヤ)の2層から成る光記録媒体のレーザー・カードは、その上をストライプを保護する透明プラスチック・カプセルで封印してある。外皮、下層とも基本材質は有機物コロイド(ゼラチン)であり、外皮表面の反射率を高めるために、外皮内の有機物コロイド状のマトリクス中に高濃度の銀粒子が混ぜてあるのに対し、下層内には入っていない。全体として見た外皮の反射率は40%に抑えてあり、残りの60%のレーザー・ビームは外皮内に入り込むようにしてある。

〈3〉 データの記録は、透明プラスチック・カプセルを透過したレーザー・ビームを外皮表面に当て、そこに発生する熱で穴をあけることにより行う。このデータ・ビット、つまり記録された穴の直径は5ミクロンほどになり、1600万ビットものデータをわずか3.5cm×に7.5cmの大のストライプに書き込むことができる。このカードの中には本誌3冊分を収容できる。このレーザー・カードに対してデータを部分的に追加することはできるが、一旦記録されたデータを変更することはできない超大容量のROM(読出し専用メモリー)である。

〈4〉 データの読出しは、反射率40%の外皮にあいた穴を通して、銀粒子のない下層の反射率は6%くらいである。ここにレーザーを当てると、入射レーザー光の6%が反射され、穴のない所からは40%の反射光が戻るから、記録されたディジタル・データの各ビットは反射光の強弱によって検知される。CCDを使ったデータ読出し用検知素子をカードの幅方向に線形に並べ、その下をカードの縦方向にカードを通過させる。検知素子はカード上のデータからの反射光を受光する。

〈5〉 このレーザー・メモリー・カードには、DRAW(ダイレクト・リード・アフター・ライト:記録即再生)、つまり半導体レーザーでデータを書き込んだ直後に、後処理なしで読み出せるタイプと、工場側でフォトリソグラフィ・プロセスを用い、プリ・レコーディング、プリ・フォーマッティング処理がなされるオプティカル・ソフトウェア・カードのタイプがある。

〈6〉 図2に示さすように、デュアル・ストライプ・カードは、光ストライプの外に通常の磁気ストライプを用いて、ATM(銀行自動引き出し機)などの既存磁気システムと“互換性”を保てるし、現在のキャッシュ・カードもそのまま使える。シングル・ストライプ・カードは、容量1600万ビットの光ストライプを1本持ち、銀行通帳、身分証明書(パスポート、運転免許証等も含む)の外に、各種の“借方”カードも1600万ビットの容量があれば、公衆電話カード、鉄道・バス通勤定期券カード、ガソリン購入カード、旅行小切手カードといったものの実現が容易である。

すなわち、引用例には、1600万ビットの高分解能のダイレクト・リード・アフター・ライト(記録即再生)の光学的反射性記録材料からなるストライプがゼラチンにより接着され、ディジタル情報データを記録できる、キャッシュ・カード大(紙入れ寸法)の大容量ROMのレーザー・カードは、レーザー・ビームとカードとの間の相対的運動を与える手段によって、幅方向のトラック状にデータが、レーザー光のカード縦方向の走査により書き込まれ、レーザー光の照射されたカードの反射光を、カードを移動しながら読出し用光検出素子によりデータを読み出すことができること、該カードのストライプの周囲のフィールドに関するレーザー光による穴のスポットの光学反射コントラストは、40%対6%、すなわち、6.7対1であり、レーザー・カードとしてプリ・レコーディング或いはプリ・フォーマッティング処理がなされること、及び、該レーザー・カードは、ディジタル情報端末により新たな取引データのレーザー光による書込み・読出しを行うことは自明のことであり、借方カードとして中央のデータ処理システムに取引データを伝送する必要はなくて、公衆電話カード、鉄道・バス通勤定期券カード、ガソリン購入カード及び旅行小切手カードなどを使用して、複数の独立型の上記端末によりこれまでの取引データの記録を行うことが記載されている。

(3)  対比

本願発明と引用例記載のものを対比すると、両者は、

高分解能のダイレクト・リード・アフタ・ライトの光学的反射性レーザ記録材料からなるストリップが接着されるウォレット寸法のカードと、レーザ書込み手段と、光検出器読出手段と、レーザビームとカードとの間の相対的運動を与えるための手段とを含む形式の永久的な取引データを逐次的に読出しかつ記録するためのシステムであって、取引データは前記ストリップの周囲の光学的にコントラストをなすフィールドにスポットとして記録され、その周囲のフィールドに関して前記スポットの光学反射コントラスト比は少なくとも2対1であり、前記ストリップは、取引データの書込みに先立って書込まれた予め記録されたフォーマットパターンを有し、中央データ記録装置とは独立の複数個の独立型端末手段を備え、前記端末手段はカード上にデータを読み書きしそれによってカードはこれまでの取引の完全な記録を含む、システム

である点において一致し、本願発明では前記フォーマットパターンが基準位置情報とタイミング機能のためであるのに対し、引用例には、フォーマットパターンの具体的内容について記載されていない点において相違している。

(4)判断

しかしながら、光記録媒体上にデータの書込みに先立って予め記録されたフォーマットパターンとして、基準位置情報やタイミング機能のためのものとすることは周知であるから(必要であれば、昭和56年特許出願公開第37号公報、昭和57年特許出願公開第33464号公報参照)、本願発明のように、上記引用例においてフォーマットパターンとして予め基準位置情報やタイミング情報を記録することは、単なる設計的事項にすぎないものである。

そして、本願発明は上記構成を採ることにより格別の効果を奏するものとも認められない。

(5)以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載のもの及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、引用例記載の技術内容を誤認して、本願発明と引用例記載の技術的事項との一致点の認定を誤って相違点の判断を遺脱した結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決は、引用例には「各種の“借方”カードも1600万ビットの容量があれば、公衆電話カード、鉄道・バス通勤定期券カード、ガソリン購入カード、旅行小切手カードといったものの実現が容易である」ことが記載されていると認定している。しかし、引用例の記載は、「各種の“借方”カードも1600万ビットの容量があれば、実現が容易かもしれない。つまり、公衆電話カード、鉄道・バス通勤定期券カード、ガソリン購入カード、旅行小切手カードといったものである。」(136頁左欄7行ないし12行)というのであって、いわゆる借方カードの実現の可能性が極めて不確定なものとして示唆されているにすぎない。

しかるに、審決は、引用例の上記記載を敷衍して、「レーザー・カードは、ディジタル情報端末により新たな取引データのレーザー光による書込み・読出しを行うことは自明のことであり、借方カードとして中央のデータ処理システムに取引データを伝送する必要はなくて、公衆電話カード、鉄道・バス通勤定期券カード、ガソリン購入カード及び旅行小切手カードなどを使用して、複数の独立型の上記端末によりこれまでの取引データの記録を行うことが記載されている。」と認定しているが、このような認定は、明らかに引用例記載の技術内容を逸脱したものである。

(2)このように引用例記載の技術内容の誤った理解を前提として、審決は、本願発明と引用例記載のものは、「ストリップは、取引データの書込みに先立って書込まれた予め記録されたフォーマットパターンを有し、中央データ記録装置とは独立の複数個の独立型端末手段を備え、前記端末手段はカード上にデータを読み書きしそれによってカードはこれまでの取引の完全な記録を含む、システムである点で一致」すると認定している。

しかしながら、引用例には、ダイレクト・リード・アフタ・ライトタイプのストリップが「取引データの書込みに先立って書込まれた予め記録されたフォーマットパターン」を有することは全く記載されていないし、そのシステムの具体的な構成には全く言及するところがないのであって、「中央データ記録装置とは独立の複数個の独立型端末手段を備え、前記端末手段はカード上にデータを読み書きしそれによってカードはこれまでの取引の完全な記録を含む」ことは示唆すらされていないから、審決の一致点の認定は誤りである。

(3)  したがって、審決は、本願発明と引用例記載の技術的事項との重大な相違点を看過したものであって、この相違点に係る構成の予測性の判断遺脱が、本願発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

この点について、被告は、乙第1、第4、第5号証を援用して、データの書込みに先立って記録カードにフォーマットパターンを書き込み予め記録させておくことは本出願前の周知技術であると主張する。

しかしながら、乙第1号証は本願発明のカードとは桁違いに少ない情報しか記録できない磁気カードに関するものであるし、乙第4、第5号証はディスクタイプのメモリに関するものであるから位置及びタイミングを合わせるためのフォーマットパターンを必要とするのは当然のことである。これに反し、光学的記録材料からなるストリップのように細い直線状の記録媒体の場合は、読出/書込トランスデューサを通過するデータが常に同位置となるから、データのフォーマット化は不要であったが、本願発明が要旨とする複数個の独立型端末の導入によって、カードがそれぞれの読出/書込トランスデューサに対して正確な位置決めをすることが困難となったので、位置及びタイミングを合わせるためのフォーマットパターンを予め記録しておく必要が生じたのである。したがって、本願発明が要旨とするフォーマットパターンに係る構成が本出願前の周知技術であるとする被告の上記主張は、誤りである。

また、被告は、乙第2、第3号証を援用して、磁気カードによってすらオフラインによる銀行取引を行いうることが本出願前の周知技術であるから、大容量の光カードを使用すればオフラインによる銀行取引が可能であることは当然であると主張する。

しかしながら、これらに記載されているものの取引データは独立型端末に内蔵されているメモリに保存され、最終的には中央のデータ処理システムに伝送されるのであって、カードには、与信額や支払可能残高など最小限のデータが更新記録されるのみであり、それまでの全取引データが記録されるのではない。この点について、被告は、銀行等の取引データは中央で一括管理されるため適当な時間帯に中央のデータ処理システムに伝送されることが技術常識であり、この点は本願発明も同様と解されると主張するが、本願発明は、中央のデータ処理システムとは全く無関係に、カードと独立型端末との間で動作を行うをことを特徴とするものであるから、被告の主張は失当である。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、引用例には借方カードの実現の可能性が極めて不確定なものとして示唆されているにすぎないと主張する。

しかしながら、引用例の「各種の“借方”カードも1600万ビットの容量があれば、実現が容易かもしれない。」という記載が、借方カード実現の可能性を十分認識したものであることは明らかであって、当業者ならば、この記載が借方カードの実現が可能であることを示唆したものと容易に理解することができる。したがって、引用例には「借方カード(中略)の実現が容易である」ことが記載されているとした審決の認定は、誤りではない。

また、原告は、「借方カードとして中央のデータ処理システムに取引データを伝送する必要はなくて、(中略)複数の独立型の上記端末によりこれまでの取引データの記録を行うことが記載されている。」との審決の認定は明らかに引用例記載の技術内容を逸脱していると主張する。

しかしながら、借方カードに1600万ビットもの記憶容量があれば、中央のデータ処理システムに取引データを伝送する必要がないことは当業者にとって自明の事項である。現に、本願明細書に、「ATMに対しては各取引の記録をすることが必要であるが、遠隔地にあるCPUへの電気通信リンクを用いている取引データを伝送することは全く必要としない。」(24頁6行ないし10行)と記載されているのみで、端末を具体的にどのように構成すれば独立型端末だけでデータを処理できるのか全く記載されていないことも、上記事項が当業者には自明のものであることを裏付けている。したがって、審決の上記認定に誤りはない。

2  原告は、一致点に係る審決の認定について、引用例には本願発明が要旨とする「ストリップは、取引データの書込みに先立って書込まれた予め記録されたフォーマットパターンを有」することは記載されていないと主張する。

しかしながら、取引データが書き込まれる記録カードに、データの書込みに先立ってフォーマットパターンを書き込み予め記録させておくことは、審決が引用した昭和56年特許出願公開第37号公報(乙第4号証)及び昭和57年特許出願公開第33464号公報(乙第5号証)のみならず、例えば乙第1号証(昭和56年実用新案登録願第25556号の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写し)に記載されているように、本出願前の周知技術であり(カードが予め記録されたフォーマットパターンを有していなければ、書込み装置は、カードのどの位置にデータを書き込んでよいのか判断がつかない。)、このことは、記録カードが磁気カードであっても光カードであっても全く同じである。したがって、本願発明と引用例1記載のものとが「ストリップは、取引データの書込みに先立って書込まれた予め記録されたフォーマットパターンを有」する点において一致するとした審決の認定は、誤りとはいえない。

また、原告は、引用例には「中央データ記録装置とは独立の複数個の独立型端末手段を備え、前記端末手段はカード上にデータを読み書きしそれによってカードはこれまでの取引の完全な記録を含む」ことは記載されておらず、システムの具体的な構成は全く言及されていないと主張する。

しかしながら、1600万ビットもの記憶容量を有するカードを取引カードとして利用する場合は、従来のシステムのように中央のデータ処理システムに取引データを伝送する必要がなく、端末だけでデータを処理しうることは、前記のように当業者には自明の事項にすぎない。すなわち、乙第2号証(昭和54年特許出願公開第69355号公報)あるいは第3号証(昭和56年特許出願公開第78377号公報)に記載されているように、磁気カードによってすら、オフライン(中央のデータ処理システムに取引データを伝送することなく、独立型端末によりカードにデータを記録すること)による銀行取引を行いうることが本出願前の周知技術であるから、まして、銀行通帳の取引内容をすべて記録できる大容量の光カードを使用すれば、オフラインによる銀行取引が可能であることは当然としかいうほかはない。したがって、本願発明と引用例1記載のものとが「中央データ記録装置とは独立の複数個の独立型端末手段を備え、前記端末手段はカード上にデータを読み書きしそれによってカードはこれまでの取引の完全な記録を含む、システム」である点において一致するとした審決の認定は、正当である。

この点について、原告は、乙第2、第3号証に記載されているものの取引データは独立型端末に内蔵されているメモリに記録保存され、最終的には中央のデータ処理システムに伝送されるのであって、カードにはそれまでの全取引データが記録されるのではないと主張する。しかしながら、カードにそれまでの全取引記録が記録されることは引用例に開示されている事項であるし、銀行等の取引データが中央で一括管理される必要があり、適当な時間帯に中央のデータ処理システムに伝送されることは技術常識であって、この点は本願発明も同様と解されるから、原告の上記主張は失当である。

3  そして、原告は、その主張する相違点に係る構成の予測性の判断遺脱が本願発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。

しかしながら、原告主張の相違点に係る構成は、前記のとおり、当業者ならば引用例から当然に読み取れる事項あるいは自明の事項にすぎないから、本願発明の進歩性を否定した審決に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の明細書)及び第3号証(手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)  技術的課題(目的)

本願発明は、光学情報記憶に関するものである(明細書2頁13行)。

本願発明の目的は、レーザ記録可能なストリップを含むウォレットサイズのプラスチックデータカード、及び、レーザでデータカード上に取引データを逐次的に記録し、カード上のデータが周囲の記録されないフィールドと光学的にコントラストをなすシステムを考案することである。保険記録、個人的な医療記録、個人情報記録、バンキング及び関連のデータ記録の分野に関連する取引及びイベントの関連の逐次的なレーザ記録を行うことも、本願発明の目的である(明細書9頁7行ないし17行)。

本願発明の他の目的は、プラスチッククレジットカードに対するISO寸法に適合し、少なくとも250,000ビットの容量を持ち、毎秒数千ビットのデータを記録することができ、かつ、ストリップ上の基準位置のような予め記録された情報を含み、かつ、175°F又はそれよりも高い温度でも劣化しないであろう、レーザ記録可能なストリップを含むウォレットサイズのカードを考案することである(同9頁18行ないし10頁6行)。

(2)構成

上記技術的課題(目的)を解決するために、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書3頁2行ないし4頁1行)。

本願発明のシステムは、光学的コントラスト比の読出に依拠する。すなわち、ストリップ上に情報をまず予備記録し、カードベース上にストリップを接着し、保護透明材料をそのストリップの上に結合し、次にレーザで取引情報を記録することによってカードが形成される(明細書10頁12行ないし17行)。

データビットがスポットとして記録され、かつ、2対1の比を越える、スポットと周囲のフィールドとの間の光学的コントラストの差を検出することによって読み出される。コントラスト比の測定は相対的な測定であり、かつ、表面のモールディングによって形成される隆起したスポットのような、又は、ストリップをカードへ接着する前にフォトリソグラフィ手段によって形成された明るい又は暗いスポットのような、予め記憶されたデータからなるビットを検出する。このタイプの検出は、また、非反射性の背景に対して平らな浅いスポットを作り出すため、ストリップ上の鈍い極めて微細なスパイクの溶融によって形成されるビットを検出するであろう。記録されたスポットのスペクトルの特性が読出光ビームの波長を反射するよりも、むしろ吸収するように、又はその逆になるように変更される技術によって形成されるビットをも検出するであろう(同10頁18行ないし11頁15行)。

(3)作用効果

本願発明の主たる利点の1つは、レーザ記録媒体ストリップの高情報容量にある(明細書11頁16行、17行)。

高容量のレーザ記録材料のストリップによって、クレジットカードは、ほとんどの応用に対してより十分な、テキストのページのスコアの均等物を担持することが可能となる。本願発明の取引カードは、経済的な取引、保険取引、医療情報及びイベント、並びに個人情報及びアイデンティフィケーションを含む逐次的に記録されたデータを累積するのに適している(同12頁1行ないし8行)。

本願発明のカードは、医療記録、保険記録、個人情報又は経済的な取引として逐次的に累積されたデータを記録するために用いられる。それは、ちょうど銀行の通帳のように用いられることができる。まず、カードが予め記録された情報を決定するために読み取られる。次に、ユーザはその人の取引を入れ、もしATMによって有効と認められれば、ATMによって、データがレーザ手段によって第1ストリップに書き込まれる。データは新たな計算状態で銀行通帳のエントリを表す。このモードで作動して、ユーザは分離された場所で、自由に立っているATMにこの発明のカードを用いてもよい。ATMに対しては各取引の記録をすることが必要であるが、遠隔地にあるCPUへの電気通信リンクを用いている取引データを伝送することは全く必要としない(同23頁14行ないし24頁10行)。

2  ストリップのフォーマットパターンについて

まず、原告は、引用例にはいわゆる借方カードの実現の可能性が極めて不確定なものとして示唆されているにすぎない旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例には「各種の“借方”カードも1600万ビットの容量があれば、実現が可能かもしれない。つまり、公衆電話カード、鉄道・バス通勤定期券カード、ガソリン購入カード、旅行小切手カードといったものである。」(137頁左欄7行ないし12行)との記載があり、またこのような借方カードとしても使用できる大容量のレーザ・カードの具体的構成が記載されていることが認められ、当業者であれば、引用例の記載から借方カードの実現が容易であると理解することができるから、引用例記載の技術内容についての審決の認定に原告主張の誤りはない。

また、原告は、引用例にはダイレクト・リード・アフタ・ライトタイプのストリップが「取引データの書込みに先立って書込まれた予め記録されたフォーマットパターン」を有することは全く記載されていないと主張する。

成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例には、審決認定のとおり、「ドレクソン・レーザー・メモリー・カードには、(中略)DRAW(ダイレクト・リード・アフター・ライト:記録即再生)、つまり半導体レーザーでデータを書き込んだ直後に、後処理なしで読み出せるタイプと、工場側でフォトリソグラフィ・プロセスを用い、プリ・レコーディング、プリ・フォーマッティング処理がなされるオプティカル・ソフトウェア・カードのタイプがある。」(134頁27行ないし36行)と記載されていることが認められるが、ダイレクト・リード・アフター・ライトタイプのカードについてプリ・フォーマッティング処理を行うことは明記されていなかことが認められる。

しかしながら、成立に争いのない乙第1号証(昭和56年実用新案登録願第25556号の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写し)によれば、同明細書記載の考案は「各種磁気カードの発行装置」(明細書1頁3行)に関するものであって、「従来から、(中略)磁気カード1が、銀行、デパート、ガソリンスタンド等で現金授受を行なう代わりに使用されている。この磁気カード1の磁気ストライプ2(中略)に記憶される情報のフォーマットは、たとえば、(中略)その一端2aから他端2bに向かって、STX、ID、…、ユーザーコード、…、ETX、LRCが記憶されるようになっている。ここで、STX、ID、予備フィールド、ETX、LRCのデータは、磁気カードに固有のものであって磁気カードの発行に際して記録変更を要しない固定データAであり、ユーザーコード、代理店コード、グループコード、価格、特定コード、種物のデータは、磁気カードを発行するに際して記録変更を要する可変データBであり、有効期限のデータは少なくともその期限を経過しない限り記録変更を要しない準固定データCである。なお、可変データBは、この例では、フィールド1からフィールド6までとなっている。」(同2頁13行ないし3頁14行)と記載されていることが認められるが、この記載は、ダイレクト・リード・アフター・ライトタイプの磁気カードについてデータの書込みに先立ってフォーマットパターンを記録することを開示するものと解される。

また、成立に争いのない乙第4号証(昭和56年特許出願公開第37号公報)によれば、同公報記載の発明は「光ディスクメモリのトラッキング方式」(1頁左下欄2行、3行)に関するものであって、「第2図は光記録媒体20に記録されたk番目のトラック21と(k+1)番目のトラック22を示す。第k番目のトラック21はそのトラック長をN分割しN個のセクターを形成しており、そのⅰ番目のセクター24(中略)内には、あらかじめ記録されたトラッキング情報210、アドレス情報211、第1の制御情報212、第2の制御情報214及びこれらの情報区域を区別するため、必要に応じて付加される無信号区間(ギャップ)215と、使用者が信号(データ)の記録再生に使用する信号情報区域213とから構成される。(中略)本発明の特徴は、あらかじめ高安定、高精度の装置により記録媒体1上に記録用トラックのフォーマッティングがすでに行われている点にある。」(3頁左上欄16行ないし右上欄19行)と記載されていることが認められ、同じく乙第5号証(昭和57年特許出願公開第33464号公報)によれば、同公報記載の発明は「円盤状情報記録担体(光学式記録担体あるいは磁気式記録担体)」(1頁左下欄3行、19行、20行)に関するものであって、「記録トラックを予かじめ設けることにより(中略)高密度の記録を行うことができる。又記録担体には予かじめアドレス信号が記録されているため、従来の記録担体のように順次隣接トラックに信号を記録する必要もなく、記録信号を特徴、種類により適当に分離して、適当なアドレス部分に任意の順番で記録することが可能となる。」(4頁左上欄10行ないし19行)と記載されていることが認められる。これらの記載も、ダイレクト・リード・アフター・ライトタイプのカードについてデータの書込みに先立ってフォーマットパターンを記録することを開示するものと解することができる。

このように、磁気あるいは光を利用する記録媒体にデータを記録するに際して、予めフォーマットパターンを記録しておくことは、本出願前の周知技術であったことが明らかである。したがって、引用例記載の光メモリカードも、予め記録されたフォーマットパターンを有していると考えることには十分な根拠があるといえるから、本願発明と引用例記載のものとは「ストリップは、取引データの書込みに先立って書き込まれた予め記録されたフォーマットパターンを有」する点において一致するとした審決の認定に誤りがあるということはできない。

この点について、原告は、光学的記録材料からなるストリップのように細い直線状の記録媒体の場合はデータのフォーマットパターン化は不要であったが、本願発明が要旨とする複数個の独立型端末の導入によって、カードがそれぞれの読出/書込トランスデューサに対して正確な位置決めをすることが困難になったので、位置及びタイミングを合わせるためのフォーマットパターンを予め記録しておく必要が生じたのであるから、本願発明が要旨とするフォーマットパターンに係る構成は本出願前の周知技術ではないと主張する。

しかしながら、引用例記載の光カードも、記憶容量が膨大で複数個の独立型端末において使用されるものであり、したがって正確な位置決めが困難なシステムにも適用されるものであることは、引用例記載のカードの用途として「銀行通帳、身分証明書(パスポート、運転免許証なども含む)」(前掲甲第2号証の135頁37行、38行)、「コンピュータ・ルーム、ビル、倉庫の警備管理や、患者の記録(中略)、処方薬品、健康管理記録といった医療記録管理、コンピュータ、発電機、自動車などの保守修理記録管理」(同135頁40行ないし136頁左欄4行)あるいは「公衆電話カード、鉄道・バス通勤定期券カード、ガソリン購入カード、旅行小切手カード」(同136頁左欄9行ないし11行)のように多様なものが挙げられていることからも明らかである。したがって、原告の上記主張は、引用例記載のカードのストリップが予めフォーマット化されていないと考えることの論拠にはなりえないというべきである。

3  独立型端末手段について

原告は、引用例には「中央データ記録装置とは独立の複数個の独立型端末手段を備え、前記端末手段はカード上にデータを読み書きしそれによってカードはこれまでの取引の完全な記録を含む」ことは示唆すらされていないと主張する。

前掲甲第4号証によれば、引用例には、「最近、なんと本誌3冊分の情報を記録できるストライプを持つカードが出現した(中略)。銀行通帳なら楽にストライプに収容されてしまう。」(129頁中欄3行ないし7行)、「シングル・ストライプ・カードは容量1600万ビットの光ストライプを1本持つ。(中略)この中には(中略)銀行通帳(中略)は容易に収められる。」(135頁34行ないし39行)と記載されていることが認められる。

そうすると、引用例記載の光メモリカードは、1600万ビットの記憶容量を持ち、例えば銀行通帳に記載されるべき取引データを全部記録してエレクトロニクスバンキングにも適用できるものであることが明らかである。したがって、「引用例記載のカードには、与信額や支払可能残高など最小限のデータが更新記録されるのみであり、それまでの全取引データが記録されるのではない」という原告の主張は誤りであって、引用例記載のカードは「これまでの取引の完全な記録を含む」点において本願発明と一致するとした審決の認定に誤りはない。

次に、成立に争いのない乙第2号証(昭和54年特許出願公開第69355号公報)によれば、同公報には、「特許請求の範囲 カードまたは通帳などから口座番号を読取ることにより所定の通貨取引を自動的に行う通貨取引装置において、取引情報を中央処理装置へ伝送しで取引処理を行うオンライン交信手段と、取引情報を記録しておき後で処理するためのオフライン記録手段と、前記読取った口座情報に応じてオンラインまたはオフラインのいずれか一方で取引を実行する手段とを具備したことを特徴とする通貨取引装置」(1頁左下欄4行ないし13行)、「通貨取引装置は、一般にオンラインで取引を行うものとオフラインで取引を行うものとの2種類に分類されるのが普通である。」(1頁右下欄7行ないし10行)、「カード25の表面には磁気ストライプ26が設けられている。この磁気ストライプ26は、たとえば(中略)利用者固有の暗証番号が書込まれるエリア27、支払可能残高が書込まれるエリア28、口座情報が書込まれるエリア29にそれぞれ分割きれている。そして、上記エリア29内には、オンライン取引を行うのかあるいはオフライン取引を行うのかを指定するオンオフ取引指定情報が書込まれるエリア30が設けられている。」(2頁右下欄2行ないし11行)、「磁気カードから読取ったオンオフ取引指定情報の内容がオフライン取引を指定して(中略)いる場合、主制御部31は(中略)入力された払戻金額が磁気カードから読取った支払可能残高をオーバしていないか否かをチエツクする。その結果、オーバしていなければ払戻請求に応じ、(中略)このとき主制御部31は、読取書込制御部34に書込命令を送ることにより、読取書込装置33で磁気カードの支払可能残高を更新し、その磁気カードをカード挿入口3に排出する。さらに、このとき主制御部31は、このときの取引情報を情報記録装置40へ送り、それを記録せしめる。」(4頁右上欄5行ないし左下欄6行)及び「情報記録装置40で記録された取引情報は、たとえば1日の業務が終了してから係員により集計される。」(4頁左下欄11行ないし14行)と記載されていることが認められる。

なお、成立に争いのない乙第3号証(昭和55年特許出願公開第78377号公報)によれば、同公報には上記乙第2号証とほぼ同様の技術的事項が記載されているほか、「取引データ記録機10に記録された取引きデータは、1日ごともしくは1週間ごとのように定期的に、または不定期的に中央処理装置にバッチ処理されて入力され、この中央処理装置の記憶装置に記憶されている顧客の口座より支払額が引落され、この引落し額は引落済みとして記憶される。」(4頁左下欄20行ないし右下欄6行)と記載されていることが認められる。

このように、磁気カードを使用して、中央のデータ処理システムにデータを伝送することなく、独立型の端末によりカード上にデータを記録して現金の出入り取引を行うこと、すなわちオフラインによる銀行取引は、本出願前の周知技術であることが明らかである。なお、オフラインによる銀行取引である以上、この取引を行いうる装置が複数個設置されることは当然であるから、このシステムが複数の独立型端末を備えるものであることは明らかである。

そうすると、引用例記載のもののように磁気カードより格段に記憶容量の大きい光メモリカードは、複数の独立型端末を利用してオフラインによる銀行取引を行いうるものであって、光メモリカードに使用する中央データ記録装置とは独立の複数個の独立型端末を備えていることは、当業者にとって自明の事項というほかはない。したがって、本願発明と引用例記載のものとは「中央データ記録装置とは独立の複数個の独立型端末手段を備え、前記端末手段はカード上にデータを読み書きしそれによってカードはこれまでの取引の完全な記録を含む、システム」である点において一致するとした審決の認定は、正当として是認することができる。

この点について、原告は、乙第2、第3号証に記載されているものの取引データは独立型端末に内蔵されているメモリに記憶され、最終的には中央のデータ処理システムに伝送されるのに対し、本願発明は中央のデータ処理システムとは全く無関係にカードと独立型端末との間で動作を行うことを特徴とすると主張する。

しかしながら、前認定の本願発明の要旨によれば、本願発明は、取引データに関しては、カードに接着されるストリップの周囲のフィールドにスポットとして記録されること、中央データ処理装置とは独立の複数個の独立型端末手段によって読み書きされること、及び、読み書きされるまでの取引の完全な記録であることを要件としているにすぎず、取引データが中央データ記録装置に伝送されるか否かは何ら規定していないことが明らかであるから、原告の上記主張は、本願発明の要旨に基づかないものであって、失当である。

4  以上のとおりであるから、審決の認定は引用例記載の技術内容を逸脱しており、審決は本願発明と引用例記載の技術的事項との重大な相違点を看過しているという原告の主張は当たらないものであって、審決には原告主張のような誤りはない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間の附加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

第1図はこの発明によるデータカードの一方側面の平面図である。

第2図は第1図の線2-2に沿って見た部分側面断面図である。

第3図は、第1図において点線によって示されたレーザ記録ストリップの部分上のレーザ書込の詳細である。

第4図は、第1図において示された光学記録媒体ストリップ上での読取および書込のための装置の平面図である。

図において、11はデータカード、13はカードペース、15はストリップ、35および37はビット、42は移動可能なホルダ、43はレーザ光源、55、63はミラー、65は光検知器、67はビームスブリッタ、69は集束レンズを示す。

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面 B

〈省略〉

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